自然素材のフラクタル構造と、伝統工法にみる熟練の科学
自然素材のフラクタル構造
生命体にも自然現象にも共通な特徴である1/f特性の変動リズムは視覚的パターンに翻訳することができます。そのことを説明するためにはフラクタルなパターンという概念を知っておく必要があります。さて、このフラクタルパターンの特徴を一言で言い表すならば「一部分の形が全体の形と相似をなしている」ということです。入れ子の相似形といわれています。実は自然界はフラクタルなパターンや構造で満ち溢れています。フラクタル構造としては地形の輪郭、樹木の形態、内臓壁の構造などが分かりやすい例としてよく挙げられます。例えば、木の年輪幅は自然の造形ですから当然1/f特性すなわちフラクタルなパターンをもつはずです。この意味は、年輪幅を正確に測ってグラフ化してみるとその波形は1/f特性が検出できるということです。さらには細かく年輪構造を見ていくと繊維構造が見えてきますがこの配列にも1/f特性が現れます。さらにミクロにみると細胞が見えてきますが、この配置間隔や寸法も1/f特性をもっています。したがって木という素材は表して使うだけで1/f特性のゆらぎの視覚情報を私たちに与えてくれます。このように1/f特性のゆらぎは、音のように動きのある情報だけでなく、固定化した模様や構造にも表すことができるのです。自然素材と工業製品との違いはフラクタルなパターンや構造をもっているかどうか、すなわち1/f特性のゆらぎをもっているかもっていないかという点で明確に区別することができます。
熟練の科学
次に職人の手仕事について考えてみましょう。ビニルクロスの壁は人工物ですから1/f特性をもたないのは明らかです。それでは漆喰壁を、熟練の職人と素人が塗って比較した場合どのような違いがあるのでしょう。一目する違いは、職人の塗る漆喰壁は鏡のように平滑であり、素人の塗る壁は平滑ではない。ある意味では揺らいで見えるかもしれません。しかし、素人の塗った壁を分析してみると1/f特性のゆらぎはありません。これは見方によっては見苦しい雑さに過ぎません。単なる偶然性が生み出した不規則パターンなので人に心地よさを与えませんし、同じものを再現することもできません。1/f特性のリズムが表れる割合を1/f度数と言いますが、これが高いほど自然に同調した心地よさを与えることを示しています。熟練した職人の生み出す平滑な面は微細に分析すると1/f特性の度数が格段に高く検出されるそうです。ヒトが万物の霊長たるゆえんは、突き詰めた手仕事が自然のもつ特性に近づくことができるからだと言うことができます。職人の技能は人間にしかできないひとつの芸術で、その芸術は人の生命のリズムに同期する究極の価値をもっているのです。
伝統構法の新しい定義
人から手仕事を奪って機械オートメーション化している現代のシステムは人の為になるシステムではなさそうです。時間や物質を計量することで、全てを金銭に換算している現代社会は次々と人を自然の営みから遠ざけます。日本の伝統構法は、現代の経済システムの中ではその価値が確定できていません。しかし、伝統構法が住む人の健康を向上させるということになれば状況は変わると思います。本稿の考えに基づいて伝統構法を再定義するなら「自然素材を用いて人の手でつくる建築方法」ということになります。そのような作り方が一番1/f特性のゆらぎを生み出し生命に調和した価値を生み出すからですところで現代の建築生産現場の電動工具による仕事でも1/f特性のゆらぎの再現はできるのでしょうか?たとえ製材所で機械製材された材木でも最終仕上げを職人が手で行うことで1/f特性を復活させることはできるはずです。手鉋仕上げのように、最後に職人のひと撫でを加えることが大切なのです。このことに関連してもうひとつ。高温乾燥のように大きなエネルギーをかけると自然素材の1/f特性は消滅するはずです。自然界と一体の生物の1/f特性は、自然から逸脱した人工的変動には対応できないからです。これらの判断は高温乾燥材の1/f特性の度数を計測してみれば明らかになると思います。