人も自然も「ゆらぎ」ながら複雑性を調和させる
人体のリズムと時計遺伝子
ヒトの体の中もリズムで溢れています。身体の殆んど全ての細胞の中に時計が仕組まれていることが分かっています。染色体の中に6種類の時計遺伝子があり、それらがお互いにバランスを取りながら体内リズムを作り出しています。親時計は脳の中枢にあり、それが全体をコントロールしています。親時計はオーケストラの指揮者のような存在であり、子時計は個々の楽器に相当します。それぞれの楽器は一見違うリズムやメロディーを作り出し、体内の例えばホルモン周期、血圧変動、心拍変動その他いろいろなリズムを司っています。その結果、体は非常に複雑なプロセスを含有しながら恒常性(ホメオスターシス)という壮大なシンフォニーを作り上げているわけです。これらの現象は物理学で言う同期作用と相まってとても複雑かつ精巧です。
実は地球上のすべての生物は生体リズムを刻む時計を体内にもっていて、その時計に従って生命を維持しているのです。ですからこの時計が狂ったら生体にとっては大変な危機です。しかし、現代人はそのことを意識できず、自然のリズムを無視したことで起こる生体の不調を、人工的な化学物質(薬)の力で誤魔化しているのです。
ところで生物の生体リズムはいったい何を根拠につくられたのでしょう。人や動物、鳥や昆虫、あるいは植物や細菌は皆それぞれ違うリズムの体内時計をもっているのでしょうか。実は、これらは皆同じリズムであることが分かっています。そして、このリズムの元になっているのがサーカディアン・リズムです。日本語では概日リズムと言われています。これは太陽の動きを基準としたもので、地球の自転周期の24時間と公転周期365日に一致しています。今使われているカレンダーや時間も太陽の動きから割り出しています。ですから概日リズム(サーカディアン・リズム)は時計やカレンダーと同じ周期ということができます。
ホモサピエンス(ヒト)誕生から20万年と言われますが、その間ずっと地球上では昼夜の同じリズムが繰り返されてきました。ですから一日のリズムや一年の季節のリズムがヒトの遺伝子の中に取り込まれていて当然です。ヒトと同じように地球上の生物がすべて同じ概日リズムを基にした体内時計をもっているのは、そのように進化した生物だけが生き延びることができた証拠です。このリズムの体内時計をもたなかった生物は、進化の過程で絶滅したのです。
自然と生命一体の原理
さて、この生物共通の体内時計が司る様々な生体リズムも、その全てが前述の1/f特性で揺らいでいます。もし人間のもつ体内リズムが機械のように正確なものだったらどうなるでしょう。人間は機械では作れない程複雑で高度な機能をもっています。機械なら歯車のリズムが一つでも狂ったらすべての機能は止まってしまう。遊びの無い正確なリズムは実はすごく脆弱なシステムしか作ることができません。外部からの様々な刺激や信号、身体内部の反動や変化を受けながらリズムやタイミングを調整し体の恒常性を保つには、優れたアジリティー機構が必要なのです。私たちの身体のリズムは1/f特性をもつことで臨機応変に対応しています。ですから1/f特性のゆらぎは生命体の本質といえます。複雑な関係性の中で調和を取る者同士がもつ手形のようなものです。
最近は医療機械の分野でもこの1/f特性を利用するものが増えてきました。たとえば心拍変動性のゆらぎを測定することで、ストレスを始めとする自律神経バランスの診断に役立つ情報が得られます。このゆらぎが1/f特性をもっているかどうかが健康性の重要な指標になるのです。
自然の織りなす物理現象のリズム
ここでさらに驚くべきことは、自然の織りなす物理現象のリズムも概日リズムをベースにしており、1/f特性でゆらいでいるということです。自然界の物理現象は太陽エネルギーの供給サイクルがもとになっています。明暗のリズムや気温のサイクルも位相差はあるものの太陽の動きと連動することは明らかです。ですから、それは当然概日リズムに一致する変動リズムをもつはずです。その上で、第一章で述べたように自然の物理現象に特有な1/f特性をもっているのです。自然現象のもつリズムと生体のもつリズムは同じ概日リズムを基準にし、さらには同じ1/f特性をもってゆらいでいる。つまり、生物の体内リズムと自然の物理現象のリズムは性質も周期も同じということです。これはまさに人間が自然と同調していることの数学的証明と言えるのではないでしょうか。